かさじぞう





むかしむかし あるところに ひとりの若者が住んでおりました
若者は働き者で そこそこ顔もよかったのですが やたらと するどい目つきと

生来の無口が かさなって いまだ嫁もとれず ひとり 暮らしておりました

若者が 野良仕事の合い間につくる笠は みごとな出来ばえでしたが
町に売りに出ても ひとつも売れてはくれません


―――こんなにいい出来なのに、なぜ売れないのだろう


若者は不思議でなりませんでした


きょうも 笠を並べ終わると さあ来いとばかりに 腕組みして待ちました
お客が寄ってくると 買うのか買わねェのか ついじっと見てしまいます
今にも噛みつかれそうな こわい目つきで見られては 客のほうは たまったものではありません
品定めしようにも 遠めから こわごわ眺めるのが せきの山です

これでは 売れるものも 売れません

愛想のよい 女房でもいれば別ですが 今のところ 嫁のくる予定はございません
それでも若者は めげることなく 日暮れまで商いすると 品を大事に包み直し 家路へとつきました


その日は 運悪く 帰る途中で 吹雪になりました
四方は真っ白に閉ざされ 先ほど歩いてきた道も 見えないほどです


(こりゃやべえ)


山になれた若者でも そう思ったほどの 荒ようでした
それでもなんとか 足を進めていくと なにやら前のほうに 人影らしきものが見えました


―――誰か?


目を凝らし そっちのほうへ歩いていくと 
人の影と見えたのは 八体のお地蔵さまでした


―――こんなところに地蔵などあったか?


若者は少し首をひねりましたが あまり深く考えることは しませんでした
だって いつも道を歩いていると 見知らぬ辻が出来ていたり 突然家が建っていたり 
昨日まではなかった大木が 忽然と育っていたりするのです 
いまさら 地蔵くらいあったって どうということはありません

大小さまざまなお地蔵さまたちにも 雪は容赦なく 降りつもります
若者には お地蔵さまたちが とても寒そうに見えました


―――どうせ売れ残りだ せめて笠でもかぶってもらおう


若者は 手に はーっと息を吹きかけると
お地蔵さまの肩や頭に積もった雪を ひとつひとつ ていねいに払っていきました

ひとつ  ふたつ  みっつ

笠をかぶせていくうちに 
あいにく むっつ目で 持ち合わせの笠が なくなってしまいました
若者は 自分のかぶっていた笠を脱ぐと いちばん小さい ななつ目のお地蔵さまに かぶせました

さて 
売り物の笠も 自分のかぶっていた笠も 全部 使い果たしてしまいました

やっつ目のお地蔵さまの前で 寸の間 考えておりましたが さほどの時もかけず
自分の着けていた蓑を さっと外すと それをお地蔵さまに着せました

「使い古しで悪いけどよ。無いよりはマシだ」

最後のお地蔵さまが身に着けた蓑には まだほんのりと 若者の温もりが 残っておりました





「うー、さびィ」

両うでで 自分の体をかき抱くようにして 若者は家へと急ぎます

気づけば あれほど吹雪いていた雪が ウソのように ぴたりと止まっておりました

無事 家にたどり着いた若者が 囲炉裏に火をくべました
食べるものは ろくすっぽ ありません
きょう 笠が売れてくれれば 餅でも買って帰ろうと 思っていたのです
でも 笠はひとつも売れず お地蔵さまに もらってもらったばかりです


―――ま、どうにかなるだろ


すきっ腹を抱えたまま 若者はごろりと横になり そのまま眠ってしまいました









どれほどたった頃でしょう



こつこつ




(・・・何だ?)

なにかの物音で 若者は 目を覚ましました


気配をうかがっていると また こつこつ と 音がします
どうやら戸を叩く音のようです

若者は むくりと体を起こし 隙の無い動作で 外をうかがいました 
戸の隙間からのぞくと そこには 着物を短く しりっぱしょいした 若い男が 
煙管をくわえて 寒そうに立っておりました

「何用だ」

「あー、居たのかよ。寒みいんだ。とりあえずココ、開けろ」

訝しく思ったものの 悪意は みじんも みてとれません
若者は 突っかい棒をはずし ザラリと戸を開けました


「さみぃー」
背を丸めながら入ってきた男は 蓑を脱ぐと まるでいつもそこにあったかのように 壁に引っかけました

「何用だ」

「何用何用うるせえな。オレぁさっき道であった地蔵のひとり。てめえ、喜捨しただろ?」

「きしゃ?」

「しゅっぽしゅっぽじゃねえぞ。貧者の一灯てヤツか?笠と蓑。それに対してのオレらの気持ちだ。受け取れ」


「何を?」

「てめえ、腹へってんだろ?メシだよ」

「どこに?」
「いちいちうるせえヤロウだな。だまって見てやがれ」

ほんとに地蔵か?狐か狸がだまくらかしてんじゃねえのか?ってくらい 口の悪い男でした
くわえた煙管を 右手に持ちかえると ひょいひょいと 振りかざしました 

すると どうでしょう

ぽわんと あたりにモヤがかかったかと思うと そのモヤが消えたあとには 
見たこともないようなごちそうが 並んでおりました
おいしそうな匂いに 若者の腹の虫が 豪快にぐううと鳴きます

「おし。たんと食いやがれ。腹ぺこマン」

もう狐だ狸だと疑う心はどこへやら
「いただきます」と手を合わせると 片っ端から胃の腑の中に 納めていきました
若い男姿のお地蔵さまは 煙管をやりながら ただ微笑しておりました 


若者が 満足げに腹をなで ひとごごちついたところで
「あとな、望みをひとつ、叶えてやる。何か言え」
「望み?」
「金か、名誉か、それとも嫁か。金にしときゃ嫁ももらえる。よく考えろ」
「何でもいいのか」
「大抵な。ああ、死んだモン生き返らせろとかは駄目だ。さあ、何か言え」
「別に金も名誉も興味ねェ。額に汗して働いて、一日の終わりに旨いメシが食えりゃそれでいい。
何でもいいっつーんなら、お前ェでいい」
「は??」

「お前ェがいりゃ金が無くてもメシが出てくんだろ?ならお前ェでいい」
「はあああ?!フツーに金とか嫁にしとけよテメエ!」

「んじゃお前ェを嫁にする」
「ンなあああ??!!」
素っ頓狂な声を上げたと思ったら はっと上を見あげて 慌てて叫びました
「や、待ってくれよ!コイツが考えなしで言っただけで、望みは他に―――待って待って仏さま!!」

あああああ!!という叫び声とともに ぼうん と 今度は男が煙に包まれました
しゅわしゅわと煙の消えた後には 男がぼうぜんと ぺたりと床に へたり込んでおりました

一体 何が 起こったのでしょうか

煙管の男がゆっくりと首を巡らせ 事態を見守っていた若者を 呆けた顔で見つめてきました
「・・・・・・こンのマリモ野郎・・・!」

みるみるうちに顔が紅くなってまいります

「あ?」
「テメエのせいで!テメエがオレでいいなんて言いいやがったせいで!
オレぁここで修行しなきゃならなくなったじゃねえかっ!」

「ああ?」
「ちくしょう、他の皆は・・・ああ、行っちまった―――」

「ワケがわからん」
「そりゃこっちのセリフだっ!!」

「なんにせよお前ェはここに居るんだな?よろしく頼んだぜ。ところで薪とか出せんのか?」

若い男姿のお地蔵さまは 仏さまの力で ただの人間にされてしまいましたので 
煙管を振っても もう何も出すことはてきません

「なンだ、人間になっちまったのか?しょうがねえな」
「テメエのせいじゃねえかっ!クソミドリっ!」
怒鳴りながらも 元お地蔵さまの男は 半べそです

「それよりお前ェ、さっきから震えてんじゃねェのか?」
「そうだよっ!寒みいんだよっ!!」

暑さ 寒さも 修行のひとつとはいえ 急に 人の身にされては たまったものではありません
極楽から 地獄に 落とされた気分です

「こっちこい。あっためてやる」
「・・・へっ?」

言うが早いか若者は かいまきで ふたりを一緒に くるみこみました
氷のように冷たかった体が じんわり ほのあたたかくなってまいります 

「冷てェ体だな」
「・・・テメエは寒くねえのかよ」
「俺ァ鍛えてっから大丈夫だ。それよか、もそっと寄れ」
「・・・ん」
たしかに ふたりでくるまるとあたたかく この若者の体は くっつきたくなるくらい 熱いものでした

「ゾロだ。お前ェ、名は?」
「・・・サンジ」

「サンジ」 
サンジを腕に抱いたまま ゾロが ちいさく くり返しました

―――あ
自分の名を呼ぶ 若者の旋律が ひどく心地よく サンジの全身を 包み込みました
この声と この温もりに 瞬時に自分が捕われてしまったことを サンジは悟りました

抱くぞ という言葉の韻が 完全に くさびとなりました
サンジが観念したように ゆっくり目を閉じると 熱く やわらかいものが 唇に触れてまいりました

この夜から ふたりは 夫婦となりました








さて 人間になったとなれば 生活をしていかなくてはなりません
なにしろここには 米つぶひとつ みそのひとすくいさえ ないのです

サンジはとりあえず ゾロの作った笠を 売りにでかけることに いたしました 

すると どうでしょう

きのうまで ひとつとして 売れなかった笠が 女房どもに 飛ぶように売れるではありませんか
ひとえにサンジの愛想のよさからなのでしょうが ろくに相手をしない 男衆にも なぜか人気を博し

あっという間に 売り切れてしまいました

ダッシュで帰ってきたサンジが叫びました
「ゾロ!売れたぞ!!」


「ほんとか!お前ェすげェな!!」
すげェすげェと興奮しながら ぎゅうぎゅう抱きしめてくる腕と 掛け値なしの笑顔に

離せバカと 言いながら サンジは こみあげる喜びで 胸がはちきれそうでした

笠を売った代金で サンジがあがなってきた 米と野菜と少しのお酒
ささやかな ささやかな 祝杯でしたが ふたりは とても しあわせでした



それからゾロは せっせ せっせと 笠づくりに 精をだし 
それをサンジが せっせ せっせと 売りにでました

食べるものにも 困っていた暮らしぶりは 日を追うごとに 生き生きと色がつき
そのうち 遠くからも買いに来る人が現れるほど ゾロの笠とサンジの口上は 名物となりました



ある日 お守り代わりに 脇に置いていた仏像が 道行く男の目に とまりました 

「これは・・・売り物かね?」
男に声をかけさせた仏像は ゾロが 手なぐさみに彫ったものです 

「いんや?特に売り物ってわけじゃねえけど。気に入ったんなら―――」

男は 骨董などを商う 高名な目利きでした
「荒削りだが、これほど澄んだ有り様は生半ではない。次に彫るものがあれば、是が非でも私どもに」

そういうと たいそうな お代を置いて うやうやしく仏像を 引き取っていきました
サンジが事の次第を話して聞かすと ゾロは 喜ぶでもなく 

商売で彫るモンじゃねェ と しかめ面でした 
でも 気まぐれに彫る仏像は できあがるごとに あの目利きに 引き取られ 

澄んだたたずまいに こころが洗われると うわさを呼び 皆ありがたく 拝むようになりました

また 不思議なことに その仏さまを 迎えた寺や家は 水難にも 火にもあわず 
まるで厄災がよけていくかのごとく 災難を免れましたので
不思議じゃ 不思議仏じゃと 次第に 仏師として ゾロの名は 不動のものとなっていきました



仏像が売れるたびに なぜが旦那が むすっと 不機嫌になります 
首をかしげたサンジが なにが気に入らねえんだ?と聞きますと

「・・・こいつの顔はお前ェに似せて造ってあんだ。お前ェを手離すようで気にいらねェ」

―――人間とはなんと愛おしい生き物でしょう

「愛しい愛しいアホ旦那さまよ」
「あア?!」

「オレはここに居るじゃねえか。本物以外になにが要るっつーんだ?」
旦那の膝に またがりながら からかうような 物言いをしてみますと
「お前ェが居りゃいい。けど―――」
旦那さまは 憮然とします
憮然とした表情を、サンジが慈しむように見つめながら言いました
「握るから煩悩なんだよ。ンなもん 離しちまえばいいんだ」
「・・・離したら、どっかにいっちまうんじゃねェのか」
いつになく 真剣な目が 問いかけます

そうです これは ゾロの心に ずっと引っかかっていた事がらです
はじめ 突然に あらわれたように いつかまた 突然に 居なくなってしまうのではないか

「ンじゃあその握った手を離してみろよ」
サンジの手を掴んでいたゾロが サンジを見つめたまま 両の手を 開いて見せました

「オレはどっか行ったかよ?」
「・・・行かねェ」

「だろ?無くならねえよ。なんも無くならねェ。分け与えりゃいいんだ」
「・・・ずっと、居んのか?」
「ずーっと、一緒だよ」
「・・・そう、なのか?」
「そういう約束だと思ったが―――ありゃ間違いか?」




それ以来 ゾロの心から 迷いというものが なくなりました 
曇りのない精神は ますます うつくしい仏像を生みだすようになりました 

それからふたりは 末永く しあわせに暮らしましたとさ



END                                     (2012.08.17)



おむすびコロりん  三枚のおふだ





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